シッポノリンカク

映画好きで絵描き好きな曖昧模糊な記憶。又は、自由闊達な解釈。或は、落書きやネタバレ。

麒麟がくる 光秀、西へ:憧れをまとって

麒麟と呼ばれる瑞獣と本能寺を焼き払った人物がどう繋がるのだろう。

そんな疑問を孕んだ好奇心に誘われて覗いた映像美は鮮やかで、利己心で充ち満ちて荒廃した時代との対比が鮮烈でした。その世界観で生き抜く人の本質が衣装表現の色彩や装飾からも心象が伝わってくるようです。まるで、鮮やかな自然を理想として身に纏うようにです。

 

彩度の高い黄緑色の稲葉と金色の穂。駆け回る子供たちと鳥のさえずり。広々とした雲海の狭間に覗く青空。

サラサラと稲を撫でながら、鮮やかに武装した男が日差しを浴びて周囲を見廻す。その眼差しは喜びや憂いを綯い交ぜにして、陽を反射しているように見える。

その彼が明智十兵衛光秀。この物語の主人公です。

直後、彼は野盗から領地を守るため仲間と共に戦います。地の利を活かした防衛戦だが、米が奪われ田畑は燃え上がる。仲間を傷つけた鉄の筒を前に、為す術がない。不条理、力不足、未知の兵器。

彼は怒る。

 

その怒りは未知への旅へと繋がる。富栄えた町、荒れ果て貧しい都、旅の途中でも彼は怒る。高い理想ゆえに怒り、麒麟がいないと怒る。

旅は人との縁を結びます。彼は出会い人から麒麟の存在を知る。麒麟とは、穏やかな国にやってくる不思議な生き物。その麒麟を連れてくる人が現れると知る。

彼の内に麒麟の概念が生まれました。

その概念は彼の成長と共に育まれていくのでしょう。

一つの概念が人間を急激に変化させてしまう事があります。それは誇大妄想狂と呼ばれてしまうかもしれない。でも、想像する力が人を成長へと導き、時代の移ろいに影響を及ばす事はある。内側に在る熱のたぎりが、外側へと向かい行動を促していく。

燄燄に滅せずんば炎炎を若何せん。小さな火を消さねば、猛火となって消すことが出来なくなってしまいます。彼の心内での燄燄は、どのように炎炎と膨れ上がるのだろうか。

さて、焼痕に麒麟の気配は在るのでしょうか。そして、麒麟がくる国へと成るのか。

そんな、激動の過程をゆっくりと時間をかけて見守りたい。

 

序幕は、緩やかに上昇するような重厚な音楽、ドッシリとした幅広明朝体、それらと共に炎が燃え広がります。炎は彼の怒りであり、長い旅の行き末の炎なのでしょう。その怒りは何故なのか。その炎の印象は彼の旅と共に毎回変化し、一つの結末が描かれていくのでしょう。

嗚呼、好奇心が煽られてしまう。彼を気にかける帰蝶の瞳にも好奇心がザワつきます。結果、怨恨の炎でもあるのでしょうか。

これから毎回、楽しみで仕方がない。

 

これからも明智十兵衛光秀の怒りが楽しみだ。

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麒麟という概念。

 

思い返してみれば、空想の物語世界での新たな概念は少年を成長させ、周囲に影響を与えてきました。テレサニュータイプ、シンクロ率など物語で呼ばれた概念は、大いなる可能性として未来を紡いできた。 

そして、その概念は人間の力をはるかに超える扱いきれない強大な兵器と共に在った。破壊的な力ゆえに苦悩し、命を守らなければと葛藤する。彼らの心の過程に胸を熱くし期待を抱き見守っていた。その気持ちは再生ボタンを押す事と共に蘇り、時に何かしらの熟成を感じる事もある。

ん、強大な兵器を扱う過程で概念が生まれたのかもしれない。

強大な兵器ゆえに、扱う人物の心への祈りから生まれた概念なのだろうか。

 

太古から人々は常により良く活きようと考えていました。その為には自然の力を必要とします。水や火や風、太陽の光を必要としなければ生きていけない。穏やかな自然の力と共に生活が始まる。しかし、穏やかな自然は突然として表情を変える。大雨は川を氾濫させ、突風は手当たり次第に薙ぎ飛ばす。大火はあらゆる物を焼き払い、厚い雲に隠れた太陽の光を失うと生物は心身の体調を崩す。

荒ぶる自然は人の命を奪う。手を合わせ、膝を折り曲げ、体を小さくして命に祈りを捧げる。そうして、自然に対する信仰が生まれたのだと考える。

 

人々は助け合います。知恵を出し合い、力を合わせて自然の中で日々を生き抜く。その日々の中で自然を扱う技術を持つ。水路を作り、松明を燃やし、建物を建て、田畑を育てる。

そうやって技術を進歩させる過程で、思いもよらぬ力を手にする事がある。強大な力は独特の魅力をもち、所有する人間を限定する。その力は人々の命を守る事もあるが、脅かす事もあり、結束も支配もする。そして、未知の力を扱う事は超自然的に感じる事がある。

だから、力を扱う者の資質を問い、より良く扱い導かれたいと願うのではないでしょうか。そうした想いから希望への概念が生まれる。宇宙に存在し、地球に生き、人の間で活かされる。世界を大きく捉える事で概念も大きく育まれるのでしょう。

 

大きな舞台装置の中で、自問自答し成長する彼らを自身の生活に当て嵌め、どう活きるべきかを考える。いや、考える前に心が動き出している。そうして、未来への可能性を芽吹かせたい。