シッポノリンカク

映画好きで絵描き好きな曖昧模糊な記憶。又は、自由闊達な解釈。或は、落書き。

頬に十字キズは京都へ向かう。:るろうに剣心-京都大火編

こんにちは。

 今回は映画るろうに剣心-京都大火編のあらすじを独断と偏見ある感想とイラストと共に語りたいと思います。

 大友監督の作品は竜馬伝、前作のるろうに剣心と楽しませて頂いたので大変期待して鑑賞しました。

 おもしろかったです。

 

 では、ここから作品のネタバレ注意です。

 

 

コントラストにて

 ファーストシーンは暗闇での侵入です。f:id:kimerateiru:20150718121526j:plain

 

 斎藤達が先手を打ってアジトへ忍び込みますが、悲鳴と物音をキッカケに立場は逆転して、誘き寄せられた構図になってしまいます。

 暗闇から一転して轟火が燃え上がる中に志々雄が登場します。f:id:kimerateiru:20150718121613j:plain

「修羅が蠢く現世こそ、地獄に相応しいと思わねぇか。」

 絶望的で圧倒的なサントラをバックに志々雄は斎藤に時代に満足してないだろ、動乱の時代に逆戻りしようじゃないかと斎藤への共感を訴えるのです。

 オープニングからクライマック感ノリノリでラスボスの登場です。ここでこの映画を観たいと引き込まれました。

 

 そして、志々雄は人斬りの時代の象徴として現れ、轟火に斎藤を置き去り、姿を消すのです。これから始まる絶望の大火を暗示して…。

 

蒼いモミジの洗濯物

 平和な日常を過ごす剣心は「剣は時代と共にあるもの。」と人を斬る剣から人を活かす剣へと語ります。薫は背中で聞いてニヤニヤしている。

 

 しかし、志々雄の影は幕末の亡霊として剣心へも近づきます。大久保卿から志々雄が京都で暗躍している、剣心でしか志々雄は倒せないと依頼される剣心。京都へ行けば人斬りの剣心へ戻ると心配する薫。

「剣心は絶対に京都になんか行かせない。」

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 着物の洗濯をして、干す事を弥彦へ託し大久保卿へ向かう剣心。それを見守る薫と佐之助、洗濯物を持ち佇む弥彦。この場面の人物の距離が心の距離に感じられ平和な剣心達に影を感じてしまいます。

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  大久保卿が暗殺され、警官の死体が多量に送り付けられ、沢山の死と悲しみを目前に追憶の剣心は斎藤に京都行を促される。そこに志々雄を止めなくてはいけないと明確な動機が剣心の心に火が灯ったのだと思います。

 「ここに居て。」引き留める薫に剣心は「過去を捨て去る事は誰にもできない。」「今までありがとう。そして、さよなら。」と流浪人として流れしまう。

 

 干した着物を取り込む薫と恵は悲しみを表に出さず、佐之助は怒り散らし洗濯物を地面に叩きつけ、弥彦は放心している。人物それぞれの感情が場面にコントラストを生み出しているように感じさせられる。「何、平気な顔してんだよ。」と煽り、「そんな訳ないでしょう。」とたしなめる。

 想いが洗濯物の着物として表現され、それぞれの人物に行き渡り扱われているように感じます。

 

父親の理想と背中。または、緋色の男

「バカバカうるせんだよ。」飛び出す佐之助を背に、薫は取り込んだ洗濯物を置き、剣心の着ていた赤(京緋色かな?)の着物を眺め佇む。

 

薫は剣心に父親を求めていたのではないかと思う。前作から父の若い頃に着ていた着物を着て、人を活かす剣を語る剣心に父親を重ねていたんじゃないかなと思う。

 人斬りに戻ってほしくない。人を活かす剣を語る父の理想を剣心から感じたいと。

人斬りに戻ってゆく剣心を止められない薫は遠のいてゆく父親を感じ、放心して感情が喪失してしまたんじゃないかと思う。

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「抜刀斎は何処だ。」

そして、憂さ晴らしをしたい佐之助は蒼紫にボコボコにされる。

 

時代に逆らい志々雄は修羅を魅せるける。平和が間違いであると、自分が必要とされた時代が正しいと感じるままに。その火の渦に斎藤、剣心が巻き込まれ、蒼紫、佐之助、薫たちも巻き込まれる動機と共に京都へ向かう。

対立する想いがあるからこそコントラストは強くなり、その本質を問われると感じます。

 

最後までお付き合いありがとうございます。

次回は京都へ向かう続きを予定していますので、もしよろしければ次回もお付き合いください。