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シッポノリンカク

映画好きで絵描き好きな曖昧模糊な記憶。又は、自由闊達な解説。或は、落書き。

極彩色の正午前:五百羅漢図展、森美術館にて。

アート

 森美術館村上隆五百羅漢図展が2015年10/31~2016年3/6まで開催されています。早速、11月上旬に行って参りました。

 

迷いの窓、悟りの窓。

 室内に足を運ぶと、6枚の絵が横に並べて展示してある。

 それぞれ、四角空間に一つの円が描かれた絵である。円相図である。右ハジの絵には、円とメガネをかけた男が描かれている。自画像だろう。順々に左ハジの絵に眼を移していくと男の姿は消え、円だけが描かれている。

 絵を上手く描こうとする事自体が欲であるのならば、欲を生み出す自我は消失しなければならない。無我の境地にこそ絵を描く事の真理があるというのか?この作品は作者自身への戒めなのだろうか?

 美しい対象を美しく描き伝える事は、欲ゆえに成立する事である。醜い対象も同様である。

 だから、上手く表現できなくても、伝えよう表現しようと貪欲になるべきだ。開き直ってしまえば清々しい、俗物で結構なのだ。制作自体を楽しもうと思う。

 幼児の絵は純粋だ。上手く描き伝えようとしない。その時の感情を色彩で表現しているだけだから純粋を感じる。美しい対象を美しかったと、醜い対象を醜かったと、その時の感情を表現する。だから、誉め言葉は「上手に描けたね。」でなく、「キレイだね。」「汚いね。」なんだろう。「キレイでしょ。」「そう、汚いの。」と言葉が返ってくる。

 こうして、村上隆五百羅漢図展は始まる。

 

その結果の出来事。

 今回の展覧会は五百羅漢図だけではない。過去に作成した幾つもの作品を観る事が出来る。

 だから、村上隆を知らない人にも過去の作品を目にする絶好の機会になる。

 それらの過去の作品には、美術史家の辻 惟雄とともに芸術新潮で連載していた現代版の“ニッポン絵合わせ”の作品を観る事ができる。後に、それらの作品が五百羅漢図制作の糧である事を目の当たりにする。

 そして、ついに五百羅漢図と対峙する。圧倒的だ。

 まず、色彩の複雑さに驚嘆する。一度にたくさんの色が混じり合い、目に写る。次に、ようやく大きさの異様さに気付く。縦3×横100メートルだと予備知識はあったものの、異様な大きさである。目に写りきらない。一カ所を眺めると視界のハジに広がりを感じる。まだまだ広がって行く。ラメの加工がきれいだ。

 そして、奥行を感じる空間に平面的なキャラクター達が存在する。羅漢様がいる。霊獣がいる。それらは存在感と共に大きさを違える。

 そのキャラクター達の震えた輪郭線、その閉じられた空間を彩る複雑な色彩の効果なのか、絵に動きを感じる。私が特殊な薬物投与をしているからではない。もちろん、過去にも特殊な薬物投与の経験はない。静止画なのだが、脳内では動画へ変換されてしまう。このタッチで描かれた過去の絵も同じ様に動きを感じたが、やはり五百羅漢図も同じ感覚に受け止められる。

 波がうねり、しぶきが跳ねる。ヒゲやマユが揺れ、雲が空を滑る。炎が燃え上がり、光が方々に広がる。自然現象がそこに在る。

 作品を観て行くと手塚アニメ、竜の子アニメ、宮崎アニメを感じる箇所がある。もしかすると…アニヲタである私がそれら多数のアニメーションを観て、美意識を育んできた賜物なのかもしれない。

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 さらに、作品を見回すと“ニッポン絵合わせ”の作品を所々に感じる。

 作品とは生き様なのだと感じる。芸術家が何かをキッカケに作品を創ろうとした時、蓄積された情報と育まれた美意識が混然一体となり作品に発露される。その生き様こそが個性なのだと思う。作品はパクれても、個性はパクれないのだ。個性に自信を持つ事が芸術家だと思う。

 その生き様は日常での行動も同じだ。

 それまでに経験して学び、育まれた思考が発露する。その結果が経験として蓄積される。それら一連の連続で日常は繰り返され成熟する。そして、生き様は周囲にも影響を与える。

 

感化されて。

 五百羅漢図はテーマに分かれて、4作品ある。それら全てを観終え、日常の風景に帰るとドッと疲れを感じる。今までは興奮状態でアドレナリンが出ていたのだろう。

 気を落ちつかせようと、森ビル52Fからの風景を眺める。国立新美術館は見下ろしても美しく感じる。透明な布地がキラキラと光を反射して、ゆらゆらと揺れている様に感じる。

 どうやら、まだ曲線に対して過剰に反応してしまう状態らしい。改めて伝える。特殊な薬物投与の結果ではない。

 見下ろす世界は美しい。排気ガスの臭いも人ゴミの混雑も感じない。穏やかな秋の陽射しの中で視界に写る全てが調和している様に感じる。忘我の時間だ。

 森ビルを出て、乾いた風と陽射しの強さに疲れを再び感じる。そして、東京駅へと向かった。

 その後、骨格を観察する為に、インターメディアテクに向かったのでした。

 

kimerateiru.hatenablog.com

 

 

 こうして、森美術館で開催されている村上隆五百羅漢図展を楽しんできました。旅のおみあげにオリジナルグッズの豆本をオススメします。五百羅漢図の4枚と羅漢様や霊獣の説明が書かれた蛇腹折りの豆本は、作品を感じた興奮が蘇ります。

 個人的にオフィシャルカプセルフィギュアも購入しました。配り歩くおみあげにはこちらの方が良いかもしれませんね。もし、興味があったら是非、足を運んでみて下さい。実物でこそ感じる大きさです。作品によってはラメやエンボス加工されていますので、画集では伝えられない感動があります。