シッポノリンカク

映画好きで絵描き好きな曖昧模糊な記憶。又は、自由闊達な解説。或は、落書き。

指輪に触れる仕草

今週のお題「お気に入りの一着」

 

 その人に似合わない装飾品を見付けると、人柄を感じる。

 白髪交じりの髭の紳士のネクタイが、小さなドラえもんで溢れている。孫からの贈り物だろう。

 オシャレなサバサバした女性で流行のコートを着こなしているのに、塗装の剥げたガラケーでメールしている。彼と同じガラケーを持つ事で少しでも側に居たい想いを感じる。

 無口で細身のスーツを着こなすストイック風な男性の胸にさすボールペンのデザインがディズニーのシンデレラだ。送り主の情念の籠った浮気防止の魔除け小物かもしれない。

 右手の薬指にはめられた指輪の位置を、時折直す女性に合った。贈り物だから試着出来なかった為に緩いのだろう。

 

 でも、それらを身に付けている本人から愛着を感じる。デザインやサイズよりも、それを選ぶ想いに触れ、喜びを感じたのだろう。少しでもその時の喜びを身近に感じたい気持ちの表れだ。純粋に人の想いを大切にしている気配を感じる。私の心にも喜びが伝わるようだ。世知辛い現代の世相に生きる人の心は、まだ捨てたモノじゃないようだ。

 

──初夏の日、太陽の下で風景の水彩画を描く少年少女達。黄色いバケツの水に風景の色が溶けていく。空の青、山の緑、テントウムシの赤。それらの色はぼんやりと溶け合い、きれいだ。──

ここまでは、こんなお話です。

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 “となりのトトロ”の作中、雨の日にカンタがサツキに傘を貸すシーンがある。雨に濡れるサツキを思いやりカンタが傘を貸すのだ。しかし、カンタは優しい言葉をかけられない。

 恥ずかしさゆえに「んっ。」と傘をサツキに突き出す事が精一杯だ。カンタの羞恥心は尊い。

 本人にとっては真心を伝える事が恥ずかしい事なのだ。恋の真心とは相手への服従だ。恥ずかしさは、相手を想い身悶えしている証だ。恥ずかしいほどに真心は尊さを増す。

 

 最近、人の想いに触れ合う映画を観ました。

kimerateiru.hatenablog.com

 

 ──風景画を描き上げた彼らの黄色いバケツには、風景の全ての色が溶け込み濁っている。それでも、その濁りに惹かれてしまう。理解しがたい魅力がそこにある。──

ここからは、そんなお話です。

 

 

 ある日、会話の時に指輪を回す営業の男性に会った。左の薬指にはめた指輪を、右手で回している。落ちつくらしい。電話の時はメモ用紙にボールペンを無心に走らせる。

 

 あの女性の指輪の位置を直す仕草もクセなのかもしれない。指輪は利き手を美しく見せる為で、利き手の作業に指輪の装飾が邪魔だったのかもしれない。ふわっとした一輪の花の装飾が印象に残っている。そうだ、ペアリングなら一緒にサイズを選ぶはずだ。

 あの紳士のネクタイは忘年会のビンゴ商品かもしれない。服装は妻にまかせっきりで、熟年離婚したばかりの選択だったのかもしれない。ネクタイは巻けばいいや位の気持ちなのか、紳士の雰囲気を破壊してしまっている。

 あの女性のガラケーはLINEのウザさを回避する為なのかもしれない。スマホじゃないからと断りやすい。

 あのストイック風の男性のボールペンは、憧れの女性からの盗品かもしれない。一途な想いは、時に執着へ変わってしまう事もある。ああ…、知識が増える度に濁っていく。

 全ては思い込みからの美化妄想だ。美しい幻想の世界は崩壊した。

 

 それでも、その人の違和感に愛着を感じ、人柄を感じる事がある。

 

 やはり、人柄は人と触れ合ってこそ深みを増すモノだ。だから、人を知ろうとする好奇心が生まれ、触れ合いが人を繋げていくのだろう。違和感はそれを教えてくれた。