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シッポノリンカク

映画好きで絵描き好きな曖昧模糊な記憶。又は、自由闊達な解説。或は、落書き。

心臓の陽だまり:栃木県那須高原【藤城清治美術館】

 

 初夏の事である。山道の運転で日光浴をしながら、栃木県北部、那須高原の美術館に出かけた。藤城清治美術館である。

 車から降り、長時間運転して縮こまった体を伸ばす。日光浴した顔に風が流れこみ、汗を乾かす。涼しさから、ここが高原である事を確認する。陽射しと乾いた風がとても気持ち良い。

 

 藤城清治は影絵作家である。セロファンの鮮やかな光と影で作品は構成される。繊細に切り抜かれた紙の間から光がこぼれてくる。細かい手作業と光の色彩感覚から感じる芸術家の才能に圧倒される。時間があれば作成できる作品ではない。幻想的な光はセロファンとは気付かないほどに色相が豊かだ。その豊かな光が作品に華やかさや奥行を与えている。更に作品によっては、光の輪郭を曖昧に表現して臨場感を盛り上げている。

 その光の中、影で表現された小人が印象的だ。小人は作者本人という解釈もあるらしい。小人はポンポンが付いた三角帽にブーツをはいて楽器を奏でて色々な作品に登場する。小人を探して影絵を鑑賞するのも楽しみの一つだろう。小人の表情は大きな目だけで表現されて、どこか寂しげだが前向きさも感じる。鮮やかな世界に楽器を奏でて迎えてくれる小人に勇気を与えてもらえる。

 

 藤城清治美術館はたくさんの影絵作品が展示されている。作品に気を取られていると、床や天井の仕掛けを見逃してしまう。影絵作品に没頭して、小人が被る帽子にナイトキャップを感じた時、誰かの鮮やかな夢に迷い込んだ錯覚が楽しかった。影絵作品とは世を忍ぶ為の口実かもしれない。暗い室内の奥へ奥へと影絵が展示してある美術館は夢の保管庫のようだった。まるで、小人は楽器を奏でながら夢を渡り歩く収集者だ。

 

 その美術館は木立に隠されている。藤城清治美術館の門を潜ると里山の風景が広がり、アプローチが奥へ奥へと続く。アプローチを囲む木々の間にも小人や猫を見付ける事が出来る。橋を渡り緩やかな坂を登るとその美術館は姿を現すのだが、その手前の脇道を進むと落葉樹に囲まれて教会がひっそりと佇んでいる。その教会も藤城清治作品である。

 深い赤のレンガの壁の教会である。レンガの表面は砕かれ、同じ表情は1つも無い。小さく波打つレンガの表面は人工物であることを忘れてしまう。木製の両開扉が開かれ、訪れる者を歓迎する。その扉の上部には円形のステンドグラスが室内へ明かりを導く。ステンドグラスの中ではあの小人が横笛を奏でて迎い入れてくれる。

 室内に入ると自然と息を潜めてしまう。暗い正面上部からもステンドグラスが光を届ける。日常が切り離されるような厳かな光だ。その光の中から鳩を見付ける事ができる。希望の枝をくわえた鳩が未来の幸福を予感させる。

 両側の壁にも縦型のステンドグラスがあり、四方から室内に陽だまりを与えている。梁から吊るされた木製シャンデリアは節が無く、木肌と曲線が美しい。

 教会は落葉樹に囲まれているから季節ごとに室内の様子が変化する。葉の茂る季節は高い位置からの直射光は少なく、木立の緑からの反射光でぼんやりと明るく涼しさを感じる。落葉した季節は低い位置からの直射光とわずかな反射光で明暗が強く、光は暖かく感じるのだろう。訪れる度に温もりの印象が変化する教会を想像すると、藤城清治の持つ制作意欲の鼓動すら感じる。

 

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 新緑の季節が訪れる前にもう一度訪れたいと思う。

 藤城清治美術館の入口にあるコンクリート打ちっぱなしの壁の上では、愉快な仲間が出迎えてくれる。