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シッポノリンカク

映画好きで絵描き好きな曖昧模糊な記憶。又は、自由闊達な解説。或は、落書き。

魔性のテンポ:セッション

ドリーム

以下ネタバレ注意です。

 

 映画“セッション”は、ドラム奏者の学生と音楽教師との映画である。音楽の道を突き進む者と導く者を描いた作品から、芸術による感情表現の一面を知る事が出来る。その感情はネガティブだ。怒りによる芸術表現の為に、罵詈雑言が飛び交うので万人にはオススメできない映画です。それでも劇中の2人の情熱には心を打たれます。タイトルのセッションからは即興音楽のジャムセッショを連想させられる。

 

私のテンポに合わせるのか!

 暗い照明の部屋で孤独にドラムを叩く男。音楽院の学生、ニーマンである。

 その音を聞きながら部屋を訪れる男。同院の教師、フレッチャーである。

 この出会いから、物語のすべてが始まる。

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 ニーマンはフレッチャーからバンドメンバーに誘われる。その事にニーマンは歓喜するが、その練習は過酷だ。

 フレッチャーの耳は敏感である。細かな音の違いに怒り。正確でないテンポに怒号が飛ぶ。パイプイスが水平に投げつけられる。常に罵倒する。バンド内には常に緊張がはりつめる。

 

技法よりテンポに集中しろ。

 罵倒される悔しさからニーマンは猛練習を始める。スティックを持つ手は擦り切れ、ドラムは汗と血にまみれる。痛みと憎しみは眉間に集中する。

 その結果、ニーマンはバンド内でドラム奏者としての地位を築き、恋人とも好調になる。身の周りのすべてが快適に流れる。自信を身に付けたニーマンは自然と微笑みがこぼれる。

 

 しかし、フレッチャーの罵倒は過激さを増しニーマンを追い込む。更に、ニーマンは将来の不安と共に自信を見失い恋人と別れる。憎しみは加熱して猛練習に向かい、スティックを握る血まみれの手を氷水で冷やす。ニーマンはバンド内でドラムの地位を守る事に固執する。

 

本当に惜しい。

 ある日、フレッチャーはかつての教え子の曲を流しながら語る。その彼の直向きな姿とプロでの成功。そして、車での事故死について語りながら涙する。

 その日の練習は過酷さを増す。フレッチャーは完璧なテンポを目指し、怒号を飛ばし、演奏に関係のないドラムを壁に投げつける。ニーマンへ高速演奏を続けさせ、ドラムは血まみれになる。そうしてニーマンはドラムの地位を死守する。

 

 しかし、本番当日の移動中にバスのパンクで遅刻する。レンタカーを借りパニックを起しながら会場へ向かう。そして、衝突事故を起こす。それでも血まみれでニーマンは会場へ向かい、舞台へ立つ。ろくにスティックを握れないニーマンを見て、フレッチャーは演奏を中止する。

 

次のチャーリーは挫折しない。

 ニーマンはフレッチャーの教え子が自殺した事を知る。そして、退学処分になる。

 ニーマンは音楽から距離を置いて穏やかな生活を始める。

 ある日、街中のジャズライブでフレッチャーの名を目にする。戸惑いながらも足を運ぶとピアノを奏でるフレッチャーがいる。

 演奏後、ニーマンを見付けたフレッチャーが呼び止め、2人は語り合う。

 フレッチャーは教師を辞め指揮者をしていた。そして、教師として必死に努力し生徒を育て上げられなかった事を後悔する。

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 その後、ニーマンはフレッチャーのバンドに誘われドラムを再び始め、ジャズフェスの演奏へ向かう。

 

 

 ラストシーンのドラム演奏はもの凄い感情の勢いを感じる。その感情は怒りや憎しみから始まり、次第に喜びさえ交じり合い音楽へと昇華していく。その過程に時間の経過を忘れてしまう。ドラムテンポの力強さから心地良さを感じて、いつまでも聞いていたくなる。

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 この映画の別タイトルにWHIPLASH(鞭打ち)があります。劇中のジャズ曲タイトルと同じなのですが、この意味を踏まえるとラストの演奏の感じ方が変化します。

 

 この若きドラム奏者の狂気に芸術表現の業の深さを感じます。そして、フレッチャーの業の深さにも狂気を感じる。彼はただ弁のたつサディストではない。才能を押し上げる為に奏者を追い込む。同時に、それ以上に自らも追い込む。そうまでしなければ生まれない音楽を知ってしまったからだ。その為に奏者でなく指揮者を選択したのだろう。バンド内の跳びぬけた1人より、バンドメンバー全員を敵にまわす事を決意したのだと思う。

 フレチャーにとって演奏とは命がけなのだ。何故なら彼は馴れ合いからジャズが死ぬ事を嫌う。最高の芸術とは生まれてしまった瞬間から過去になる。そして、それ以上の最高を求める事に命を燃やす事を芸術活動と意味付ける者は狂気をまとう運命を持つ。その事を知らない他者からは精神の破壊行為と見えるが、当人にとっては生きる為のこれ以上ない動機なのだ。幸せは当人だけが知っているものだ。芸術による興奮に潜む魔性を垣間見た映画でした。