シッポノリンカク

映画好きで絵描き好きな曖昧模糊な記憶。又は、自由闊達な解釈。或は、落書き。

白鳥が飛び立つ刻:小説・リップヴァンウィンクルの花嫁

 小説・リップヴァンウィンクルの花嫁を読んだ。

 読み終えたら、疲れに気付いてボンヤリしてしまった。感情の揺れに心がバランスを取ろうとしているんだろう。しばらくしたら色々と考えが巡り出した。

 それでも体はグッタリしている。疲れを感じさせないほどに集中して活字を目で追っていたのだと思う。変な角度に首を固定して読書してしまったのだろう。肩が張って首が痛い。

 

※以下、ネタバレ注意です。

 

 主人公の七海がSNSをきっかけに恋人と出会い、結婚と離婚をする。その経験から真白や安室など沢山の人々と出会い、人々の心の機微に触れる。というあらすじの話だ。

 

 七海の寂しさに、真白の喜びに共感する。幸せとは大きさではなく、気付く事なのだと改めて感じさせられる。

 人との出会いは縁だと思っている。偶然にトイレへと席を立って出会う人がいる。偶然の出会いは、全て必然だろうと思う。今の自身を形成したのは出会った人々との集積だからだ。自身にとっては良い人も嫌な人も必要な要素だ。

 家族に恵まれる事が幸せだという風潮がある。家族に恵まれる事が人の価値を判断する要素と見る人がいるが、それだけとは思わない。たしかに、家族を維持する事は大変な行為だ。幾つもの価値観が1つ所に人生を集中して生活をしているのだ。家族は努力の結果だと思うし、努力が実らない事もあると思う。

 しかし、努力を怠れば家族は形成しないかと問われれば、そうではない。世間体や経済的な問題で繋ぎ止めている縁もある。

 家族や友人の縁に恵まれない人の優しさがこの本には描かれている。皆、幸せになりたくて生きている。家族を幸せにしたいと生きている。周りの人々に笑ってもらいたくて生きている。そう努力しても他人から心の距離を感じてしまう事がある。心に寂しさを感じてしまう。思いがけないすれ違いが生じてしまう。だから、人と真摯に向い合う事が優しさだと思った。

 

 そして、安室の優しさに気付いた。安室の真白を想う気持ちに鳥肌が立つ。ココからは想像の域を出ない妄想なのだが、安室は真白に想いを寄せていたのだと思う。安室は他人に対して金で真白の為に働いたと言うが、照れ隠しもあるのだ。真白を想う気持ちが無ければ、七海を選ぶことは出来ないからだ。七海と真白の出会いは偶然だ。しかし、安室がそれを必然としている。安室は七海なら真白を幸せに出来ると想い、真白は七海を選んだ。

 安室は真白を幸せに出来ない事を覚悟したのだ。男と女の関係で幸せにはできない事を感じているから、肉体や金じゃない純粋な部分でしか真白を幸せにできないと悟ったから、裸で涙を流せたのだろう。人一人を地獄に落としても真白を幸せにしたいと想いを寄せたのだ。

 

 距離を空けて見守る優しさもある。でも、最愛の人と幸せに居られる距離が遠いと悟った時、覚悟できるのだろうか。不安だ。

 その人を愛しているのか、愛されたいのか、見極められるのだろうか。不安だ。

 

 安室の名は“機動戦士ガンダム”の主人公が由来だ。アムロは白鳥と共にララァと出会い、想いを寄せる。しかし、ララァは戦死してしまう。アムロは「ララァにはいつでも会いに行けるから」と呟く。安室も真白に対してそう思えたのではないかと思う。

 そして、真白を幸せにしてくれた七海に感謝しているのだと思う。