シッポノリンカク

映画好きで絵描き好きな曖昧模糊な記憶。又は、自由闊達な解釈。或は、落書き。

タイムライン上の好奇心:ポンピドゥー・センター傑作展

 

人は昔から絵を描き、表現して何かを伝えようとしてきました。

ラスコー洞窟の壁画が現存している事から、絵画に対する興味は太古から続いています。そして、絵画の技術は年々進歩し、写実的に表現されて現在でも人々の感性を刺激しています。

しかし、近現代アートと言われると理解不能な印象が浮かんでしまいます。とにかく高価で難解な事柄だと感じる。でも、素人目線だが、近現代アートは楽しむ視点があれば印象は変わると思っています。

今、東京都美術館ではポンピドゥー・センター傑作展が行われています。

その展示方法が面白いのだ。

1906年から1977年まで、ポンピドゥー・センターが誇る1年で1作家1作品の展示がされています。近現代アートへとつながる時間の歩みが展示されているのだ。更に作品と共に作家の写真と言葉が展示されているので、作家の人柄を感じ取る事ができます。

 

ポンピドゥー・センター傑作展のメインビジュアルの絵画は1948年のアンリ・マティスの“大きな赤い室内”です。画面から伝わる赤が印象的な作品で、フォービズムとうジャンルの作品です。フォービズムとは色彩の解放と解釈されています。感じたままに色彩の表現をする絵画なのです。室内を描こうと感じた時に“赤”と感じたら、感じたままに表現するのです。

リーダーは赤で、闇を抱えるキャラは黒、カレー好きは黄色と表現される感覚かな…。

同じく、フォービズム作品に1907年のジョルジュ・ブラックの“レック湾”も展示されています。この作品も色彩の楽しい作品です。20世紀が始まり、映像記録は絵画からカメラへと変化してきた時代に、画家達は色彩を解放させたのです。感じたままに色彩を楽しんだのです。そして、ブラックはピカソと共にあのキュビズムと呼ばれる絵画表現をします。

 

キュビズムとは形状の解放らしいです。多視点で絵画表現を楽しんだのでしょう。

ピカソの作品は1935年の“ミューズ”です。恐らく、ミューズとは美の女神の事だと思います。絵画への制作意欲の源である女性を描いたのでしょう。恋は世界を美しく魅せるのです。しかし、この作品を描いた後、しばらく絵画表現をやめてしまいます。その頃、ピカソは愛人を妊娠させて、妻とは別居してしまうのです。ミューズを傷付け失った悲しみを感じます。まるで、ピカソの心の中を覗いているみたいに感じます。

そんなピカソは“私は他の人が自伝を書くように絵を描いている。”と言葉を残こしています。女癖は悪いけど、カッコイイ言葉ですね。

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1917年のマルク・シャガールの“ワイングラスを掲げる二人の肖像”からもキュビズムを感じます。衣装のシワの単純化キュビズムを感じるのです。気持ちの良い浮遊感から幸せが伝わってきます。

シャガールの浮遊感はとても良いです。あぁ、飛んでいきたい。

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そして、1937年のヴァシリー・カンディンスキーの“30”では、色彩と形状は忘却されます。色彩は無く、記号の様な表現を感じます。

音楽は楽譜によって記号化され、演奏家へと伝えられます。楽譜が読めれば感覚で音楽は奏でられ、音が共鳴します。記号で映像を伝えたかったのでしょうか…。理解不能な作品ですが、何だか、悲しそうだったり、楽しそうです。だらりと肩を落としている様な記号や、歯を剥き出しに笑っている記号を感じます。

 

こうして、ポンピドゥー・センターの傑作をタイムライン上で楽しむ事で感じる印象が生まれました。1作家のみの展示会では楽しめない贅沢な体験です。

アートは体験する事で楽しんでしまえば良いと考えます。森林や街並みの散歩の様に、美術館で色彩や形状を散歩して楽しむ。その事で自然とアートに興味がわいてくるのであれば、何に惹かれたのだろうと心を掘り下げる事も楽しくなります。

ポンピドゥー・センター傑作展は、東京都美術館で9月22日まで開催されています。