シッポノリンカク

映画好きで絵描き好きな曖昧模糊な記憶。又は、自由闊達な解釈。或は、落書き。

先生の白い車:くちびるに歌を

 以下ネタバレ注意です。

芸術で誰かを幸せにする事ができるのだろうか。映画・ “くちびるに歌を”では、その葛藤が描かれています。

純粋な気持ちで芸術活動を始めたのに、いつしかその行為に戸惑い迷ってしまう。経済活動や競争社会の中で芸術は自由を見失う事がある。でも、その事は、かつての自分自身と向き合う事で、新しい価値観を導いてくれるのだと思える。

 

この映画は、まず初めに長崎の中学校へ音大卒の教師が赴任して来ます。その事で、県大会を目指す合唱部の生徒は盛り上がる。そして、男子生徒は色めき立ち、合唱部へ入部する者まで現れる。合唱部の顧問になった教師は美人だからなのです。彼女は、背が高く細身で、長い髪が目を惹きます。

しかし、彼女の目に熱意は無い。ピアノは弾かない。強引に押し付けられた合唱部の顧問で、生徒を導こうとはしないのです。田舎のダメな生徒を、都会から来た才能ある教師が導く成長の映画ではないのです。都会で疲弊した教師が田舎の直向きな生徒の姿勢から、自分の世界との戦い方を学ぶ姿が描かれているのです。

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そんな美人教師は、サラサラした長い髪を浜風にゆらし、爽やかな赤い自転車で朝の坂道を駆け下りては来ません。衝撃的な自動車での登下校なのです。

その車はシングルキャブのピックアップトラックで、白い塗装は所々サビ落ちて赤茶の雨垂れ模様が残っている。ドアは開閉と共に間抜けな摩擦音を鳴らし、外れかけのバイサーが揺れる。更に、フロントグリルは欠損してラジエターが露になって、サビたワイパーは運転席側にしかない。サイドミラーは左右の形が違い、軽い接触事故を連想させられる。そして、ピラーの内装は剥がれ骨格が剥き出しになっている。シートにも痛々しさが目立ち、大きくガムテープでリペアされている。走行中に至っては、エンジンの回転数が安定していない。ムラのあるエンジン音が印象的だ。しかし、その車に足を揃えて乗り込む彼女の所作からピアニストの気品を感じる。

 

そして、その車は彼女を育てた母の形見なのではないかと感じさせられる。人目を気にせず、物に愛着を持つ姿勢に愛情の深さを感じてしまいました。彼女の持つガラケーからも何らかの愛着を感じます。愛着の強さは、時に依存として心の奥へと蝕みます。

更に、物語が進むにつれて、彼女の心とその車の状態が共鳴しました。大切な人を失い続け、どうしようもない心の状態と鉄屑同然の車。かろうじて、不安定ながらも前に進む姿。

大切な人の幸せの為に弾いてきたピアノと不幸を重ね合わせて演奏できなくなった彼女が描かれていきます。もう幼馴染の友人でも、感情を押し殺した彼女の心を除く事はできません。

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そんな彼女は生徒の才能に惹かれ、生徒の前向きな熱意に感化されて前進を意味するピアノのドの音を2つ鳴らします。その事をキッカケに、再びピアノを弾きはじめる。その時に語られる15歳の彼女の祈りが切ない。15歳の彼女はピアノで人を幸せにする事を祈る。しかし、その祈りは大切な人を失い呪いへと変わり、彼女を呪縛していた。その呪縛がゆっくりとほぐされながら合唱部の生徒を導いていく姿に喜びを感じます。

 

この映画では、少年期と青年期の対話も描かれていています。登場する15歳の少年少女の立派な姿に感動して、自身の15歳を振り返ると情けなくなってしまいした。当時は既に厨二病が発病していました。授業の暇な時に、窓の外でスーパーロボの空中戦を妄想して、激しく目で追っていました。授業後、その光景を目撃していたクラスメイトに「何が見えるの?感じるの?」と奇妙な好奇心を抱かれ、問い詰められました。また、ある時は忍者の血筋と思い込み、テスト前の集中にとコッソリ“臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前”と指刀で九字を切っていました。またアイツ何か始めたぞと見守ってくれた周囲の友人や大人に感謝です。

ハァ…。

 

さて…、彼女の想いをなぞる様に、芸術に込めた想いは誰かを幸せにできないかもしれない。それでも、葛藤を受け入れながら直向きなその姿勢から感じ取れる“何か”はあると思う。そう信じている。

滅多に感情が表情から伝わってこない彼女の「笑って。くちびるに歌を持て。朗らかな調子で。」のセリフが印象的だった。

 

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余談ではありますが、表情に感情を表さない美人を描くのは難しいですな。今回は特に目元から表情を感じ取れずにイラスト作成が難航しました。目元の表情は眉に現れます。ネガティブな感情は眉間に集まり、ポジティブな感情は眉間から外側に広がります。それを感じ取る事が難しかったです。

そして、新垣さんの表情の起伏が少ない役作りにも感動しました。その演技に、喜びから悲しみが生まれる事を脅えている女性にも感じました。