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シッポノリンカク

映画好きで絵描き好きな曖昧模糊な記憶。又は、自由闊達な解説。或は、落書き。

道半ばの男達の事:るろうに剣心

今週のお題「映画の夏」

 

以下ネタバレ注意です。

 

前回、映画・るろうに剣心の巻町操を描いたら四乃森蒼紫が描きたくなったので描いてみました。今のところ3部作の映画なのですが、続編を期待しています。夏から秋への季節の変化と人々の心情の変化が共鳴する映画です。

 

この映画は時代の変革期の狭間で価値観が変化し、居場所を探す男達とそれを見届ける女達が描かれています。主人公の剣心と彼を支える薫。剣心と対峙する志々雄と恋人の由美。彼らのように四乃森蒼紫と巻町操が描かれているのです。

明治が始まり、旧幕府の隠密江戸御庭番衆は歴史の闇に消えた。その御頭であった蒼紫は仲間の無念を抱き、最強の証明ゆえに剣心打倒を決意する。そして、修羅に堕ちる覚悟をみせる。蒼紫を慕い続けている操は、その覚悟を知らない。

蒼紫は剣心を追い京都に訪れる。京都御庭番衆の御頭の翁から剣心の行方を聞き出す為に、操の想いを否定して戦闘を挑む。そして、蒼紫は翁を倒す。蒼紫は雷光と共に翁を見下す。それを目撃した操は言葉を失ってしまう。

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戦闘中、蒼紫の目的は剣心の所在から翁の打倒へと変化したように感じられます。失神寸前の翁や、その場に駆けつけた操から剣心の事を聞き出そうとしないのです。蒼紫は自身の変わり様を操に告げて姿を消してしまう。結果、惨劇の京都で剣心の名を虚しく叫んでしまう有様なのです。

これは “親父越え”願望の発露ではないかと思うのです。強い自立を願うばかりに憧れの人物を越えて行く。想像の域を越えないが、蒼紫は同じ隠密として翁に信頼できる大きな背中を感じていたのではないだろか。翁に対して浅い傷で決着を付けたのは、彼の中にある尊敬の念がそうさせたのではないかと思う。

蒼紫は修羅に堕ちきれていない。責任感ゆえに、そう振る舞っている様に感じる。実に義理堅い男なのだと思う。

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───パパスの剣を思い出す。

ドラクエⅤの主人公は幼少期から父親のパパスと共に戦闘を繰り返しながら旅をする。その頃の主人公は弱小です。攻撃してもスライムすら一撃で倒せない。攻撃を喰らえば瀕死である。パパスの背中を盾に戦闘へ参加する。戦闘はパパス頼りで切り抜けるのです。

その後、パパスを失い主人公は青年に成長して旅を続ける。もうスライムは一撃必殺である。ある事件をキッカケにパパスの剣を手に入れる。喜々としてその剣を装備して戦闘を挑むが、剣に頼りなさを感じてしまう。もう、主人公はその剣よりも高性能の武器を手に入れている。次の町ではより攻撃力の高い剣を手に入れられる。

そして、パパスに哀愁を感じてしまうのです。混乱や眠りの状態異常に耐性があり、かわのこしまきを装備した流浪の髭面男、パパス。パパスのホイミにどれだけ助けられた事だろう。───

 

その後、蒼紫が探している剣心は師匠、比古清十郎から生きようとする意志の強さを伝えられる。その側で操は、それを見守っている。剣心は、越える事ではなく、到達する事でその強さを身に付ける。

そして、蒼紫は剣心に打ちのめされ瀕死になり、操の言葉によって生きる事を突き付けられる。

非情な親父越えで強さへの執着を描き、剣心との敗北でその執着を否定され、操の想いから、生きる事で未来を選択する蒼紫。

この映画は、人生を共有する人々の想いが自然と伝わってくる。その想い達が方々に拡散して、少しずつ重なっていく過程を描く事が巧みだなと思う。