読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

シッポノリンカク

映画好きで絵描き好きな曖昧模糊な記憶。又は、自由闊達な解説。或は、落書き。

笛の音と月と、:合葬

 

以下ネタバレ注意です。

 

“映画・合葬”は幕末に将軍と江戸市中を守るために結成された彰義隊に関わる3人の若い男達の話です。歴史上、彰義隊上野戦争へと飲み込まれていきます。その若い命の想いが描かれ、作品全体はどんよりと暗い照明が印象的です。その暗さは彼等の気分を感じる様なのです。

 

不思議というよりも不気味と表現するほうがシックリとくる始まり方の映画です。

柾之助は帰宅して濡れているワラジに気付き、その液体の嫌な臭いに気が付く。そして、次の日の夕方にその嫌な臭いをある室内から感じ、覗いてみると…何やら知れぬモノが中で腐っていた。

この不気味な描写に引き込まれて映画にのめり込んでしまいます。そして終劇後、恐らくこれかの始終を暗示していた様に感じます。

 

どうせ死ぬ身だと彰義隊遊郭へと繰り出す。その時に語られる話も不気味なのです。

ある夜、酒に酔った男が木の根を枕に眠ってしまった。ふと気づくとその根が人肌の様に温い。その男は生涯、妻もめとらず木の根で寝る様になる。

そんな話を聞いても彰義隊の極は死に憧れる。理想の死へと憧れる。極を求める女性は多い。極の生命力は人肌を重ねながらも死へと奔走する。人肌よりも忠義が熱いと感じる。ある満月の夜、上役の森は彰義隊の死へ憧れる姿に憂い笛を吹く。極はその笛の音に立ち止まり月を見上げる。

f:id:kimerateiru:20160826182935j:plain

 

柾之助は室内で武装する新政府軍を覗く。そして、上野戦争が始まってしまう。死へと向かう極と柾之助を見捨てられず友の悌二郎も戦に参加する。極の気持ちと同調する様に戦争の準備する空は明るいのです。

その後、柾之助は友の死を目前に遊郭の女郎の話を思い出す。この話も不気味です。

湯呑の中で斬り合いをする侍を見付ける男の話。その湯呑の中をぼんやりと眺める男の話。

いつしかその男は柾之助となり、柾之助の夢へと変わっている。夢から覚めると極が切腹して苦しんでいる。

その柾之助は極の切腹介錯もできずに逃げ出す。木の根で泣きわめく事しかできない。

結果、極と悌二郎を弔い柾之助だけが生き残る。

 

そして最後に砂世の話も不気味です。砂世が兄へとついた嘘の話です。

砂世は悌二郎の妹であり、極の許嫁です。極は忠義の為にその縁談を断ります。砂世は最後に極と会いたいと兄に懇願します。会いたい一心に嘘を語ります。その嘘がキッカケで兄は極と共に戦争に挑み、砂世は後悔を断ち切れずにいるのです。

その嘘とは…砂世は満月の夜の話を語る。その夜、砂世は気配を察して目を覚ましたと言う。そして、極は砂世に会いに来たと言う。極は月と笛の音に誘われて来たと言うのです。

砂世は極と許嫁だが言葉を交わした事がない。ただ、幼い頃から極を眺め、慕ってきただけなのです。極が月を見上げ笛の音を聴いていた事を思い返すと不思議さよりも不気味さを感じてしまう。

はっきりと言葉で表すと、笛の音を聴き月を見上げる極の事を砂世が見聞きしたシーンがありません。砂世が極に会いたい気持ちで嘘を語ろうとした時、その意識へ浮かび上がってきた極はなぜ笛の音と月に誘われたのだろう。ぼんやりとした不気味さが残ります。

砂世は人肌を感じる奥の方、もっと深い所で極と感じ合いたい想いが導いた結果なのか。

憂いの笛の音が極を砂世の所へと誘ったのだろうか。月を見上げ、想い人の深い所を求めたのは極の方だったのだろうか。求めあった結果なのだろうか。想起される妄想から感動は不気味さへ変化して鳥肌が立ってきます。

 

 

 

科学に素人の根拠の無い余談です。極小の粒子、つまり量子がもつれると感情を共有することがあるらしい。来たるべき未来に科学がこの事を証明すると、情の深さの不気味さも単なる科学の状況で説明がついてしまうかもしれない。未知の世界という余白が無くなる事は歓迎される事であり喜ばしい事なのだが、少し寂しい気持ちも併せ持っています。でも、結局は好奇心が新しい解釈を求めてしまうのだと思います。だから、新しい解釈を学び物語を楽しんだ時、人の感情や可能性に感動するのだと思う。