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シッポノリンカク

映画好きで絵描き好きな曖昧模糊な記憶。又は、自由闊達な解説。或は、落書き。

値踏みできない友情の価値:悪魔の手毬唄(1977)

 

来たる19日に新しい金田一シリーズの“獄門島”が放送予定であり楽しみです。

映像化された金田一シリーズは幾つも在ります。しかし、市川崑監督作品での石坂浩二さんの金田一像しか知らないのですが語らせて下さい。

今回の金田一耕助長谷川博己さんが演じられるとあり期待が膨らみます。

長谷川さんは“進撃の巨人”でシキシマを演じ、“シン・ゴジラ”では矢口蘭堂を演じました。この二つの役柄は人間性の違いは有れども、知性の根から伸びる哲学の幹からの屈強さを感じる雰囲気でした。新しい金田一像から感じられる人間性に期待してしまいます。

金田一は探偵です。人が人を殺害してしまう事件の真相を推理します。彼は冷静かつ正確に推理するが故に殺人鬼の心情に悲しみ、彼等を追い込んだ鬼畜に怒り、殺人を防げない自らの行動に苦しむ。そして事件の真相に至り、独りでその場を去って行く。そんな金田一の姿から、人の心に踏み込んでしまった事への後悔を感じてしまう。

そんな金田一の深い知性からの孤独に悲愴を感じてしまうのです。

 

※以下ネタバレ注意です。

市川崑監督作品の金田一シリーズで印象深い作品に“悪魔の手毬唄”が在ります。その作品中での魅力的な登場人物が若山富三郎さん演じる磯川警部です。

磯川警部はガッシリとした体格で強面だがニコニコと会話をする。厳しさと優しさを感じる人柄が滲み出ている。彼の人間臭さに堪らなく惹かれます。そして、彼を支える理解者として金田一の存在が描かれています。2人でチャリンコに乗る画はとても良い感じです。

磯川警部は積年の想いから20年前の迷宮入り事件を解決しようと金田一と鬼首村で落ち合います。その憂いと裏腹に村では手毬唄に見立てられて殺人事件が次々と起きてしまう。

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金田一たちの推理で、手毬唄の殺人事件解決と共に20年前の迷宮入り事件の真相が浮かび上がってくる。犯人は復讐の為、ある鬼畜の犯行だと思わせる為に手毬唄に見立てた殺人が起きた構図が現れる。そして、犯人は殺人動機に至る想いを語る。その真相は磯川警部の憂いを裏切る結果となってしまう。いつまでも迷宮入り事件を追っていた方が彼には幸せな時間だったのではないかと思えてしまう。実に後ろ向きの考え方なのだけれど、磯川警部の幸せの頂点は、この村で金田一と落ち合った時なのかもしれないと思い描いてしまう。金田一との再会に喜び、事件解決の希望を抱き、その先にある未来では想い人の心の解放を歓喜しあう予感。そんな幸福が、あの時の鬼首村にあったのだと思うと悲しくなる。

犯人は磯川警部の想い人であった。もうね、懊悩を吐露した犯人をドサクサに紛れて磯川が抱き寄せ、受け止めたシーンには心が震えます。磯川は歓喜の抱擁を思い描き20年間も事件の真相を追ってきたはずなのに、その行動が犯人を苦しめていた事に気が付かず金田一を呼んでしまった。もっと早く真相を見極めていれば、悲劇の連鎖は続かなかっただろうとの後悔。憂い末の愁嘆場です。

そして、磯川は犯人に自首してくれと願う。しかし、その想いも裏切られてしまう。犯人は昔から愛した男に引きずられる様に人喰い沼へと姿を消してしまう。その男との息子と磯川を残して命を終わらせてしまう。身近な男性からの優しさより、身勝手な男への想いを愛情だと思えてしまう悲劇。

 

その後、磯川は犯人の息子を引き取り進学させる。磯川が想い人の忘れ形見である息子の成長を見守る事に報われた気持ちを感じます。そして、金田一は磯川からの謝礼金を受け取らずに列車に乗り込む。友情は値踏み出来きません。謝礼金のやりとりをしながら表情で友情を確かめ合う二人が感動的です。

最後に磯川警部の想いを感じ取り言葉を投げかける金田一の微笑みから希望を感じる。そして、そうじゃ駅で金田一を見送る磯川警部が印象的です。

 

この作品での悪魔とは犯人の事なのかもしれないけど、彼女を追い込んだ鬼畜の事でもあると思うのです。色と欲の為に女を弄ぶ男と、女性の幸福に憂いを抱く男のコントラストが痛々しいほどにせつなく感動的な作品でした。