シッポノリンカク

映画好きで絵描き好きな曖昧模糊な記憶。又は、自由闊達な解釈。或は、落書きやネタバレ。

キラキラな私:ネオン・デーモン

映画“ネオン・デーモン”の映像と音楽のシンクロが美しい。

作品を支配する構図、色彩、音楽は耽美な陶酔感を誘います。時に、強烈な光の刺激と電子音のテンポは思考が巡らない没入感があります。その緩急がたまらない。

 

少女がファッション界で成功の夢を実現させようとする物語です。彼女の美しさ故に、周囲の人々が狂気を抱きます。

わずかな人物だけが物語に登場している印象があり、独特の閉塞感があります。群衆、通行人の存在が遠くに感じるためでしょうか。

彼女はファションやフォトグラフの表現に活躍します。その作品の世界観は幻想的です。

しかし、美しい少女には儚さが暗喩されます。スイーツにたとえられ、寝室に大型の肉食目ネコ科の猛獣が現れる。それは捕食による死と再生。

閉塞感へ幻想と死の気配が加わり残虐な展開は、まるでおとぎばなしのようです。

審美眼に翻弄されるファンタジー、美しさを自覚した少女のフェアリーテイル

抽象的な超現実の違和感を楽しみました。

 

デザイナーで成功した自称創作者中年と写真家の駆け出し青年が「美」について会話するシーンがあります。

中年は自然な美が存在価値だと語ります。それは造形美であり、人造美ではなく自然造形的な美でしょうか。美容整形じゃなくて生得美であるべきだと。

対して青年は、言葉にこそできませんが内面の美しさだと考えています。そんな彼は、主張しない美を語りたかったのではないでしょうか。

彼の撮影では、被写体の少女を死で飾ります。その死で彼女の主張する美を消してしまいたかったように感じるのです。美しいだろうと迫られると、認めなければならない圧力に萎えてしまう。まぁ、そんな脅迫に興奮する方もいますが、青年は好まなかったのでしょう。

無表情な動物や存在するだけの自然風景に例えようもない美しさを感じる事があります。そこにある美しさには主張を感じません。美しいだろうという慢心がないのです。

美しい光景は人の目を惹きます。そこに主張が無い事で、観る者の心に素直な感想を抱かせる。それは美しい追体験や、世界観を拡張させるような時間かもしれません。

さらに死の演出は、暗闇で舞い散る金属粉がある角度の時だけ光を反射するような、その刹那的な煌めきから、儚さも同時に表現したのではないでしょうか。瞬間的に発揚する感情の揺らぎを美として捉えているのかもしれません。

彼の作品は、主張する美しさに対する死が強すぎてしまったのかもしれませんね。しかし、死の儚さを表現するにはふさわしく幻想的な作品です。

 

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ギリシャ神話に登場するナルキッソスが覗きこんだ泉は美少年を映し出します。ナルキッソスは、その美少年が自身だと知らずに虜になって死んでしまう。

美しい存在は、澄んだ泉を覗きこんだ時のようにその人の心を映します。

そうして少女の美を覗きこんだ三人の男性達は好奇心を掻き立てられ、彼女を表現する事で美意識を昇華しようとします。

一方、少女の美を覗きこんだ三人の女性達は、あらわになったそれぞれの感情を1つの大きなうねりへと高揚させます。嫉妬するほど羨望する美を取り込む事で支配しようとしてしまう。

少女は嫉妬、羨望、支配が渦巻く欲情の狂宴で生贄にされてしまう。

男女の美に対する反応は、強烈に対局へと向かってしまいます。そんな美意識の恐ろしさが描かれています。

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美しさという他者からの評価を気にする夢みがちで誇大妄想狂な少女の頭の中を覗いているような、そんな世界の中でせめぎ合う美の探求者の孤独な狂気を感じる映画でした。

美を表現する事とは、自身の記憶にある美の経験を活かし再現する事でもあります。だから美への執着はストイックで、美の充足はナルシズムへと昇華するのでしょう。

美しさを体験する事は、とても個人的な意識への刺激なのですから。

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