シッポノリンカク

映画好きで絵描き好きな曖昧模糊な記憶。又は、自由闊達な解釈。或は、落書きやネタバレ。

狭くて深いところに、:散歩する侵略者

 

誰かに想いを伝える事は難しい。いや、完全には無理な事なのだ。どんなに近づいても人と人の間には隔たりがある。でも、そこに個性が生まれる。そして、個性に魅力を感じる。

だから、その多少の不一致を個性と共に楽しんでしまえと考える。

こうあるべきだと内側にある概念は頑なで、他人もそうあるべきだと思い込んでしまうから、すれ違ってしまう。すれ違いが諍いの火種になってしまう事もある。

概念を言葉にしようとすると、どうしても違和感を掻き消す事が出来ない。正確にどう概念を伝えようかと考えると、隔たりを取り払うしかない。でも、そんな事はしたくない。そんなに重要な事でもないような気がする。不一致を楽しめなくなってしまう。

 

映画“散歩する侵略者”に登場する侵略者とは地球外生命体のことです。その生命体は地球で行動する為に人間の身体を利用する。身体の人格を眠らせ、記憶と知識を利用して活動するのです。つまり、侵略を目的とした異星人が人間の姿形で散歩する物語です。

 

なぜ散歩するのか。それは人間を知る為です。彼は人間を知る為に室内にこもって書物を読み漁り、映像の世界に浸るよりも外出して他人との接触を好みます。

そして、会話を好み、興味深い人間の概念を奪取するのです。

概念を人間から奪う事で、人間を理解しようとする地球外生命体の侵略者。

その散歩が面白い。侵略者からは感情を感じない。常に合理的で冷静に人間を探求する。

会話で使われる言葉の奥にある概念に興味を示すと、その人間に問いを投げかけ概念の形を膨らませる。会話を重ね、その形が鮮明になった時、侵略者は人差し指で概念を奪う。

人間は痛みが伴う事無く、すっと概念が奪われてしまう。奪われた事を知る事も無く、するりと概念を失ってしまい涙が一筋流れる。

 

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頭の中の概念が奪われると言葉に表すと恐怖を感じるが、奪われた人々からは解放を感じてしまう。家族や仕事の概念が奪われ、朗らかに笑う。それほどまでに概念は人間の思考を歪めてしまう。

これは憶測なのですが、侵略者は他人の概念を奪い、宿主の記憶と知識を利用して再解釈しているのではないだろうか。そうだとすると、侵略者と身体の本人では記憶と知識の解釈に変化が生まれ、その差異が個性と捉えられる。

更に侵略者からは感情を感じられない。怒りであれ喜びであれ、感情も思考を歪めます。だからこそ、概念の質が個性の質へと素直に反映されてしまう。

概念の変化と新しい解釈。それは個人の可能性を示してくれます。

 

劇中では侵略者に乗っ取られ別人になった夫と、彼の行動に振り回される妻が描かれています。その夫婦関係は夫の浮気によって既に崩壊していました。しかし、夫の姿をした侵略者に、妻は信頼を寄せていきます。

夫の奇行はホラーとして、巻き込まれる妻の騒動はコメディーとして描かれています。そして、その特殊な信頼関係は地球の未来を暗示します。

侵略者は散歩ですれ違う人の概念を奪い思考の変化を繰り返し、信頼関係を築き上げるのです。

 

侵略者の変化を恐れない好奇心の柔軟さに見惚れてしまう。

妻が仕事の依頼主から仕事の概念を強迫されそうになった時、夫はふらりと現れて強迫者の概念を奪ってしまう。

その結果、彼は仕事として概念を奪う事になってしまう。

仕事の概念を奪われた当人は職場で無邪気に振る舞う。彼の内側で仕事場は遊び場へと認識が変化したのです。図面で紙飛行機を飛ばし、机の上を跳ね回る。職場の秩序を取り戻そうとする同僚部下たちは慌てふためき、てんやわんやの職場。

妻を守ろうとためらいなく行動する無表情の夫と、てんてこ舞の妻。

その感情の温度差、緊張感の崩壊が笑いを誘う。

概念を奪う恐怖と内面が変化していく魅力。その相反する印象が、混然一体になりながら進行する信頼関係と地球侵略。少数の人々の変化が大勢の人々の危機へと流れて行く様子が観ていて退屈を感じませんでした。

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会話や読書などで他人の思考に感心し、物事に対する感じ方の変化に驚く事があります。

強い感心は、思考の奥に滑り込んで概念の書き替えを行います。時には、自身の内側で問答を繰りかえし、時間をかけてゆっくりと概念を変化させる事もあります。

それでも、概念の枝葉を変化させただけで、根本から別物にできるとは限りません。

例えば、仕事の概念とは隷属関係で金銭を得る事から趣味の延長線上で金銭を得る事へと変化したとしても、金銭を得る事には変わりません。しかし、概念が根本から違う人は金銭を得るのではなく、社会貢献や社会の違和感を訴える事であると言うかもしれません。仕事場はトレーニングの場所と答える人もいるでしょう。

その差異は、成功と失敗の経験が身に沁みる事で概念を育てた結果なのでしょう。

記憶と知識を積み重ね、理解を深めるために経験が大切になります。

……だから、侵略者は散歩をするのか。

概念を奪うのではなく、交換する事ができたら他人を理解しやすくなるのかもしれませんね。でも、概念を交換しても理解し合えない絶望も背中合わせですが。

 

 

 

物語の終焉は、愛の概念で幕を閉じます。

侵略者の彼は家族の概念を奪う事で妻との信頼関係を積み重ね、更に夫婦という概念を奪い関係を深めます。最後に、妻の内側で育んだ愛の概念を奪う事で地球人の運命を決める。

あるホテルの小さな一室。その大きなベッドの上で、妻は夫に愛の概念を奪わせる。その愛にうろたえ、のたうちまわる夫、シンちゃん。

信頼関係が育む概念に嫉妬してしまう映画でした。