シッポノリンカク

映画好きで絵描き好きな曖昧模糊な記憶。又は、自由闊達な解釈。或は、落書きやネタバレ。

冷凍保存と自然解凍:マンチェスター・バイ・ザ・シー

 

思い出が蘇る場所が在ります。風景や香り、音色の響きを切掛けに脳裏で追体験が自動再生されてしまう。景観をぼんやりと意識しているのに、体感している出来事は過去の時間であり、漠然と受け身になってしまう。

そして、感情は白波を立てている。目頭が熱帯び、うなじの奥の方が収縮し始める気がする。口内の銀歯に金属が触れた痛みを感じるようでもある。異なる金属が唾液を介して流れる微弱電流のガルバニック電流はとても嫌な感覚です。

楽しみや喜びの追体験もある。あるが果然、惨めさを思い知らされる事が印象に強く残る。

乗り越えなくてはいけない惨めさなのだろうが、言葉にするほど簡単じゃない。

だから、何度も追憶に襲われるのでしょう。逞しく、強かになるための封地は幾つも在ります。

 

映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』は穏やかな海の風景から始まる。船上で賑やかな声を上げる男とその甥っ子、船を操る兄。心の風通し良い三人が描かれている。

それから時は流れる。賑やかな声の主だったリーの顔からは感情が沈下している。雪景色を背に喜びも悲しみもなく、ただ淡々と仕事をこなし、酒を流しこむ毎日。そんな日々の中、兄の死はリーを故郷へ呼戻す。

故郷のマンチェスターはリーの思い出を蘇らせる場所や人々に満ちている。だから、帰郷の道中から追憶に襲われるリーが描かれ、追憶と共に物語は進んで行く。

そして、兄の遺言で甥っ子のパトリックの後見人になってしまう。

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優しく温かい心に触れても乗り越えられない後悔や内罰感情があります。苦しみを真面目に受け止めているリーに幸あれと思う気持ちは、パトリックの活力と海の寄せては返す穏やかな波の律動に委ねたくなります。積年の辛苦に対して逞しく乗り越えられなのであれば、誰かとの信頼関係や穏やかな自然の呼吸に身を託すほかないのかもしれません。

人は自身の意志だけで窮地の状況を乗り越えられるほど強かな存在なのでしょうか。

誰かの熱意を感じれば憧れが芽生えます。太陽光は体温を上げ、自然に溢れる音色は鼓動を整え、緑からの風は肺を澄んだ空気で満たしてくれます。思考ではなく、経験が自身を変化へと導いてくれる事もあるのです。

 

虚ろな眼差しのリーと感情豊かなパトリック。高校生のパトリックは健全な若き男性ゆえに音楽や異性への興味に溢れている。特に異性とのふれあいには尋常じゃない熱量がある。父との死別に悲しみ溺れ沈む日々ではなく、性衝動がパトリックの中で突き上げてくるようだ。二人の感情コントラストは活きようとする熱を明確にさせる。

その熱に振り回されるリー。パトリックに彼女宅への送り迎いを頼まれ、母親の監視を外す役割を懇願される。そんな二人の出来事が繰り返されて、次第にパトリックの喜びを眺めるリーの表情が柔らかくなります。

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後ろ向きでも人間関係に巻き込まれる勇気があれば、他人から影響を受けて外側へと感情が湧きあがる事もあります。

怒りであれ喜びであれ、共感する事で感情は他人と繋がり始めます。自身の内側で幾度も再生される状況を受け止め、内側へと反響する内罰感情から、委縮する心が柔軟になり始めます。若者の柔軟な心に感化され、弾力を取り戻す中年の心。彼らの友情と親子の様な心のふれあいが、凍えるような海辺を背景に映し出される。

誰にでもある後悔の気持ちを和らげてくれるような映画でした。

 

 

 

 

 

リーは関わった人の死を重く背負って、自身を戒め慎み笑う事無く生きている。人との縁は因果なもので、パトリックの若き活力に引きずられ、リーの頑な心は柔軟さを垣間見せます。

リーが故郷で追憶に襲われる原因は娘達を事故死させてしまった事にある。彼の不注意で家を燃やしてしまい彼女達を失ってしまった。その情景が彼を捕らえている。軽率な行動ゆえに自身を戒め、後悔ゆえに罪を感じて慎む。その内罰感情は幸せな追憶と共に深みを増す。過去に囚われて現在を生きている。未来に希望を描こうとしない。

罪を感じる事で故人を忘れ去ろうとしていない。でも、彼の内で生きている故人は優しく、彼に生きていて欲しいと願っている。彼を攻め立てる事をしない。だから、夢で出会う彼女達は彼の傍らで見守り、彼に声をかけてくれる。

故人と共に眺める風景は在るのでしょう。独りで観ている景色をその誰かと共感して喜びを増幅させている。その心の反響が日々の瞳に映る光景を活力に変換させる。

掛替えのない人を心に招き入れてみる。その人を理想化することなく向き合ってみる。

そうやって、自身を遠くから眺めてみる。内罰感情は独りよがりじゃないかと疑ってみる。自身で思い込んでいるだけで、周囲の人々は幸せになる事を願ってくれているかもしれないと。

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